相続放棄か時効援用か

被相続人に負債があるものの、長期間返済が行われていなかった場合、消滅時効期間が経過している可能性があります。

消滅時効の効果は、債務者が時効の援用を行うことで確定しますが、この消滅時効の援用権も被相続人の財産に属した権利義務になりますので、相続人は、相続により承継した時効援用権を行使して消滅時効の効果を確定させることができます。これにより、相続人は、時効の援用を行った負債について支払義務を免れることになります。

他方、相続人は、相続放棄を行うことによって負債を相続することを免れることも可能です。債権者が異なる負債が複数ある場合、(いずれも消滅時効期間が経過していることを前提として)消滅時効の援用は負債毎に消滅時効援用通知書を作成して(通常は内容証明郵便で)行わなければなりませんが、相続放棄の場合は、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出し、裁判所から交付される相続放棄申述受理通知書のコピーを各債権者に送付して完了となります。

相続放棄を行った場合、相続人ではなかったとみなされることになりますので、マイナスの財産である負債のみならず、預貯金などプラスの財産についても承継しないことになります。

他方、消滅時効の援用は相続の承認を前提としますので、預貯金などプラスの財産も承継しますが、消滅時効期間が経過していない負債があった場合はそれも承継することになります。

相続放棄をするか、消滅時効の援用で解決するかは、被相続人の財産状況を考慮して検討することになります(なお、限定承認を選択した場合は相続財産の限度で負債を返済すればよいことになりますが、限定承認は相続人全員で行う必要があります。そのため、案件数は極めて少なく、限定承認を取り扱ったことのある弁護士も少ないでしょう。私は、過去に1件だけ扱ったことがあります)。

相続放棄についての雑感1

1 第二順位の血族相続人について

法定相続人は、血族相続人と配偶者相続人から構成されます。配偶者相続人は必ず相続人になり、一夫一婦制ですので順位というものはあり得ません。

他方、血族相続人には第一順位、第二順位、第三順位まであります。第一順位の相続人がいなければ第二順位の相続人が相続し、第二順位の相続人もいなければ第三順位の相続人が相続します。

この血族相続人のうち、第二順位の相続人については専門家でも誤解していることがあり、私が過去に扱った案件でも、貸金業者の代理人弁護士が、第二順位の相続人が存在しているのに第三順位の相続人に催告書を送付していたケースがありました。

例えば、被相続人を甲とし(未婚、子なし)、甲の父をA、甲の母をBとします。甲には子はいませんので(ここでいう子には実子のほか養子も含みます)、第一順位の相続人(子)は存在しません。

そこで、第二順位(直系尊属)であるAおよびBが相続人となり、配偶者相続人はいませんので法定相続分は各2分の1になります。AまたはBのどちらかが相続放棄をした場合は、相続放棄してない方が甲を単独で相続することになります。

では、甲の父であるAの母α、および甲の母であるBの母βが生存している場合、相続関係はどうなるのでしょうか。

第二順位の直系尊属については、被相続人との親等が近い者から相続人となります。甲の両親であるAおよびBは1親等ですので、第一順位の相続人が存在しない場合は、AおよびBが相続人となります。αおよびβは、甲の直系尊属ですが、2親等ですので、相続人にはなりません。

しかし、AもBも相続放棄をした場合は、1親等の直系尊属が存在しなくなりますので、2親等の直系尊属であるαとβが相続人となり、法定相続分は各2分の1となります。

この点は、専門家でも誤解している場合がありますが、AとBが相続放棄するとすぐに第三順位の甲の兄弟姉妹が相続人となるわけではないですので、注意が必要です。

αもβも相続放棄を行えば、第二順位の相続人は不存在となりますので、第三順位の兄弟姉妹が相続人となります。

相続放棄について

1 相続放棄をする理由として典型的なのは,死亡した被相続人に多額の負債がある,というものです。

被相続人が死亡した後,財布の中を見ると,消費者金融へ返済した際のATMの明細が入っていたため,借金の存在が判明した,ということはよくあります。

借金があることが判明すると,急いで相続放棄の手続をしたくなるのではないかと思いますが,消費者金融やクレジットカード会社について負債がある場合は,一度弁護士に相談することをお勧めします。

というのも,消費者金融やクレジットカード会社は,かつて利息制限法の上限利率を超える約定利率で貸付を行っており,利息を払いすぎて過払になっている可能性があるからです。

仮に,約定利率を前提とした債務(約定残債務といいます)が100万円を超えていても,利息制限法の上限利率に引き直して計算すると,約定残債務がゼロになり,数百万円の過払い金が発生していたということも珍しくはありません。

また,被相続人が利息制限法の上限利率を超える利率で借り入れを行い,完済していた場合,引き直し計算をすれば確実に過払いが発生しています。

過払い金が発生している場合,消滅時効期間が経過していなければ,相続人は消費者金融業者等に対し,過払い金の返還を請求することができます。

弁護士にご依頼いただければ,弁護士は,被相続人の方が取引していた可能性のある業者について取引の有無や,過払い金発生の有無を調査することができます。

なお,取引の有無の調査や過払い金発生の有無の調査は,法定単純承認事由ではありませんので(法定単純承認事由とは,相続を承認したものとみなされる事実のことをいいます。例えば,被相続人の預金を引き出して自分の生活費に充てたような場合です。),調査の結果,過払金はなく負債が残っていたとしても,相続放棄は問題なく可能です。

2 相続放棄をする理由について,被相続人に負債がないとできないと誤解されている方もいらっしゃいます。

しかし,相続放棄は,例えば特定の相続人に相続財産を相続させるために行うことも可能ですし,単に相続手続きに関わりたくないからという理由で行うことも可能です。

弁護士法人心には相続放棄手続の経験が豊富な弁護士が所属していますので,お気軽にご相談ください。