前回の続きです。
電車を降りて徒歩15分くらいでドヤ街の宿泊所に着きましたので,管理人に部屋まで案内してもらうと,被疑者の荷物はすでにビニール袋に無造作に詰められていました。
そのビニール袋は90リットルは優に超える大きさで,数は3つありました。とても一人で持てる量ではありません。
そこで,私が2袋,知人の弁護士が1袋を持ってクロネコヤマトの営業所に向かうことになりました。
私は国選弁護人で,管理人にもその旨事前に明確に伝えていましたが,管理人には,邪魔な荷物を早く持って行ってくれ,という感じで対応されました。
重いビニール袋を持ってどうにかクロネコヤマトの営業所にたどり着き,段ボールを購入して,被疑者が勾留されていた警察署宛に送りました。なお,宿泊所までの交通費も,段ボールの料金も配送の料金も国選報酬とは別に支給されることはありません。遠方に被疑者の荷物を取りに行ったからといって,報酬が増えるわけでもありません。
そもそも国選弁護人の報酬は低廉で,かつこのような実費も支給されませんので,国選弁護人をやらない弁護士が増えているのも当然だと思います。
被疑者は当然ですが起訴されましたので(起訴後は「被告人」になります),裁判の打ち合わせのために拘置所に行ったところ(起訴後,被告人は警察署から拘置所に移管されるのが通常です),特にお礼を言われることはありませんでした。周囲の迷惑など全く気にしないから,何度も窃盗をしていたのでしょう。
そこで,公判期日の被告人質問では,私が苦労して荷物を運んだことを話してどう思っているのかと質し,反省を促す質問を多く行いました。そのため,検察官による反対質問はわずか一つでした。
そして,被告人は懲役1年数か月程度の実刑になり,控訴することなく服役しました。
時は過ぎ,その裁判から2・3年経った頃だったと思いますが,松戸の裁判所でふと刑事の法廷の開廷表を見ると,その被告人の氏名が記載されていました。罪名は(もちろん)窃盗です。
なお,この被告人は経済的利益を得ることを目的として窃盗を繰り返していましたが,最近,理由もなく窃盗を繰り返すクレプトマニア(窃盗症)という精神疾患が広く認知されるようになっています。ウェブ上にも多数の情報が掲載されていますので,興味のある方は検索してみてください。
精神疾患や脳の異常が原因の犯罪については,今後さらに研究が深められると思いますが,脳科学の最前線について知りたい方には,「あなたの知らない脳―意識は傍観者である」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)がお勧めです。